・そんなことは、ないんだけどね、
まぁ、仮にってことで想像してみてほしい。
仮にだ、ぼくが「自転車」を発明したとします。
いままで自転車はなかったと思うんですよ。
とにかく、ぼくは自転車を発明しました‥‥と。
「ねぇ、みんな聞いてくれ。
これを、ぼくは自転車と名付けてさ、
大々的に売り出そうと思うんだよ、すごいだろ」
そうすると、すぐに言われるんだ。
「乗れないですよ、それ。
どれだけ便利かはわかりましたけど、
乗れるまでに買ってくれた人は転んだりします。
ケガした場合には、かなり問題になりますよね。
頭打ったら死に至るかもしれません」
「いやいや。ちょっと練習したら乗れると思うんだよ」
「ちょっとやそっとじゃ乗れませんよ。
それに、誰が教えるんですか、乗り方、運転の仕方」
「そうかなぁ。マニュアルをしっかりつくってさ‥‥」
「マニュアルを読みこまなきゃならないようなもの、
絶対に受け容れられませんって!
顧客に試練を強いるような不親切な商品は、ダメです」
‥‥というようなことに、なるような気もします。
仮にぼくが「ピアノ」を考えたとしても、
「えーーっっ! 十本の指をばらばらに使って、
これを操作しろっていうことですよね?」
という大反対意見が出てくるだろうと思います。
「ギター」でも「将棋」でも同じでしょうね。
そして、ここまで「ぼくが」と言ってきましたけれど、
「あなたが」と主語を替えてもいいです、むろん。
そしたら、「自転車」や「ピアノ」のことを、
難しすぎると言って反対する役割は、
ぼくが勇んでやっていたという可能性は大です。
自慢じゃないけど、ぼくはそういうことを言います。
昔の人は、もっと「ユーザー」を信じてたんじゃない?
十本の指をばらばら使いまくってピアノを弾くよ、人は。
二輪の、止まれば倒れる自転車に練習して乗る、人は。
これ、けっこう大きな問題のような気がしています。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「消費者」って「最終段階生産者」とも言えるんだよなぁ。
まぁ、仮にってことで想像してみてほしい。
仮にだ、ぼくが「自転車」を発明したとします。
いままで自転車はなかったと思うんですよ。
とにかく、ぼくは自転車を発明しました‥‥と。
「ねぇ、みんな聞いてくれ。
これを、ぼくは自転車と名付けてさ、
大々的に売り出そうと思うんだよ、すごいだろ」
そうすると、すぐに言われるんだ。
「乗れないですよ、それ。
どれだけ便利かはわかりましたけど、
乗れるまでに買ってくれた人は転んだりします。
ケガした場合には、かなり問題になりますよね。
頭打ったら死に至るかもしれません」
「いやいや。ちょっと練習したら乗れると思うんだよ」
「ちょっとやそっとじゃ乗れませんよ。
それに、誰が教えるんですか、乗り方、運転の仕方」
「そうかなぁ。マニュアルをしっかりつくってさ‥‥」
「マニュアルを読みこまなきゃならないようなもの、
絶対に受け容れられませんって!
顧客に試練を強いるような不親切な商品は、ダメです」
‥‥というようなことに、なるような気もします。
仮にぼくが「ピアノ」を考えたとしても、
「えーーっっ! 十本の指をばらばらに使って、
これを操作しろっていうことですよね?」
という大反対意見が出てくるだろうと思います。
「ギター」でも「将棋」でも同じでしょうね。
そして、ここまで「ぼくが」と言ってきましたけれど、
「あなたが」と主語を替えてもいいです、むろん。
そしたら、「自転車」や「ピアノ」のことを、
難しすぎると言って反対する役割は、
ぼくが勇んでやっていたという可能性は大です。
自慢じゃないけど、ぼくはそういうことを言います。
昔の人は、もっと「ユーザー」を信じてたんじゃない?
十本の指をばらばら使いまくってピアノを弾くよ、人は。
二輪の、止まれば倒れる自転車に練習して乗る、人は。
これ、けっこう大きな問題のような気がしています。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「消費者」って「最終段階生産者」とも言えるんだよなぁ。







